あの景色はどこにいってしまったのだろう。
呑み込まれてしまったの?
ブラックホールに飛び込めばなくしたものにあえるんじゃないかな、なんて。
***
じゅん と いうこと
純 淳 潤 殉
思ったより色んなものを、覚えていても忘れていくから、また新しく、脅えながら震えながら、挑んでいくような。やわな状態でいられたらいい。持ちこせるものなんて無いんだって思い知れ。大切なものは五臓六腑で息づいてると思い込め。
未曾有 有象無象 虚像
確かなものを証明して見せて
真実のことを教えてよ
***
ほんとうのことがしりたいみつけたい いつか
電話の向こうで笑っている お元気ですか
電波 有り難いです あなたの声
それなりに私たちは上手くいくんでしょう これからも
私は目を瞑り 只管に耳を傾けて
何かを埋めようと焦るけれど
メールの上で固まっている 御久し振り
受信 あれ以来です あなたの顔
いつぶりに私たちは空白満たすんでしょう それさえも
私は指先で 徒に叩く固体
確かに会いたいと思っているのに
***
誤愛殺
難攻不落 君の意志
N 何が気に食わないの
大体みんな 流動体
Y 何も気にしてないの
君は向かっている
その瞳が見つめている先へ
追いかけっこ 隠れんぼの
私たちを置いて行く
N だってルール違反だもん
Y 安全装置なんだもん
君の傷は堂々としていて
私は目が眩む程よ
***
成長し続けたいけど過去の自分に敗れそう。ファイル整理。
「じゃあね」の別れに本当は
「またね」って言いたかった
***
英文云々正しいか分からないけどこのリズムがすき。簡潔だし。
プラネタリウムや水族館がすき。
(プラネタリウムなんてそんな行ったことないけど)
暗くて、静かで、少し冷えていて。
光を感じる場所。
まだ夜行バスで帰省してた頃、朝方にカーテンの隙間から光が入り込んで前から後ろにどんどん流れて行った。
あたりはまだ薄暗く、街は静かでエンジンの音と乗客の寝息だけが微かに在った。
水槽の中にいるみたいだ! って思った。
光が水面でゆらめくそれ、あるいは、泳いでいる魚みたいだった。
くらげ、いいよなあ。何考えてるのかまったくわかんない。
ぼーっと見てられる。
昼の海も、青空や雲が映っていたりして好きですけど。
夜の海の、あの何とも言えない恐さに惹かれる。
真っ暗で何も見えない分からない、でも確かに諸々が存在しているんだろう。
そんな震えるような孤独や不安の海の闇を、
クラゲが悠々と何の思惑もなくぷかぷか游ぐ。
ささやかな光を伴って。
そんなイメージを描く。
ちょっと、ねえこれ、すごく素敵じゃない?
救われるような気がするよ。
風呂敷とイヤリング購入。甘くて毒のあるもの好き。
アクセサリーとか、つけたくなるときと、身軽でいたいときがある。
後者が長い時間を占めがち。
飾る、ってこと、どうなんだろ。わずらわしい。そのままがいい。
とか、思ってたときもあったな。
でも演出という点では同じことなのでは。
やりたいように、在りたいように、見せたいように。
それを向ける先が何処であっても、内でも外でも、飾ってる。
良し悪しは置いて、ただそうなんだと思う。
好きなようにしてるや。
いろんな私がいる。めまぐるしいや。
おばあちゃんに教えてもらった蓮根のきんぴら。
薄切りじゃなくって、縦に切るの。
夏休みにババロアと羊羹を習いに行ったときに教えてくれた。
嬉しいサプライズだったな。予定にはなかったから。
目の前でささーっと作ってくれて、本当に簡単なんだけど、すごく美味しくってね(あの味にはまだならないなあ)。
帰り際にポテトサラダも持たせてくれた。すごく美味しかった。
おばあちゃんはお料理上手。
母方の祖父母は二人とももう彼方だけど、母方のおばあちゃんも料理上手だった。
習っておけばよかったな。
そもそも羊羹とババロアを教わりに行ったのも、「習う」ということが如何に尊いのかってのを感じ始めたからでした。
私はババロアが大好きで、でもあまり食べる機会がなくて。
私の記憶にあるババロアの味はおばあちゃんの手作りのもの。
だから知りたかった。習得したかった。
結び目、っていうのに関しても何だか考えていて。
世界の、って前につけたらちょっと大げさかもしれないけど、でもそんな感じの結び目。
それはこういうことかもしれない、って答えの一つとして見いだせた。
例えば、
「結構好評なのよ」とおばあちゃんが教えてくれたきんぴらや、大好きなババロアや羊羹を、
私が美味しく作れるようになって、
それを誰かと一緒に美味しく食べれるようになって、
それが幸せだと思えて生きるのが楽しいときが来るとする。
そうなったら、それは結び目なんだと思う。
いずれ終わるものや既に離れてしまったものも、失くさないし奪われない。
私が力になれなかった過去の誰かを、未来で少しでも救えるようになればいい。
そんなことを思った。
作りながら、必ずこの瞬間を思い出す、と実感してた。
思い出を振り返る未来を予感しながら、思い出を作っていく瞬間っていうのは何とも奇妙。
こんなに近くにあるものが、やがて遠くに行ってしまうということ。
お墓を作ってるみたい。
終わることが分かっているから、それを仕舞う場所を作り出す。
「しまう」という言葉が「仕舞う」「終う」と表記できるのもなんだかちょっと因縁めいて思える。
でも本当に出会ったものに別れは来ない。
最近、どこかでも見かけたな。
本当にそう思う。
パパはもう私のパパではない。そんなパパのお父さんとお母さん。
今や一人ずつの、私の、おじいちゃんとおばあちゃん。
世間的にはとても複雑らしい私のお家事情である。
出会ったから、そして出会うために、終わらせないために。
それが結び目なんじゃないかしら、なんつって。
(夜中におかずを拵えながら、ピアノの音色を聴きつつ)
ライブアレンジのイントロを繰り返し聴いてる頭の中、胸の内。
リズミカルで泣き笑いしたくなる感じ。
何かが向こうに潜んでいそうな雲。私の手が及ぶことはないような、とてつもない存在が。
そのおそろしさを思い出す。
桜の花びらが絶え間無く散っている光景に、光が注がれてきらきら花びらが輝いたとき。
私には花びらが鱗に見えた。
魚が游いでいるような気がした。
私には触れられないものだった。