曖昧ろじっく。

さざめごと きれいごと よまいごと ざれごと よしなしごと
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結び目

結び目

おばあちゃんに教えてもらった蓮根のきんぴら。
薄切りじゃなくって、縦に切るの。
夏休みにババロアと羊羹を習いに行ったときに教えてくれた。
嬉しいサプライズだったな。予定にはなかったから。
目の前でささーっと作ってくれて、本当に簡単なんだけど、すごく美味しくってね(あの味にはまだならないなあ)。
帰り際にポテトサラダも持たせてくれた。すごく美味しかった。
おばあちゃんはお料理上手。
母方の祖父母は二人とももう彼方だけど、母方のおばあちゃんも料理上手だった。
習っておけばよかったな。

そもそも羊羹とババロアを教わりに行ったのも、「習う」ということが如何に尊いのかってのを感じ始めたからでした。
私はババロアが大好きで、でもあまり食べる機会がなくて。
私の記憶にあるババロアの味はおばあちゃんの手作りのもの。
だから知りたかった。習得したかった。

結び目、っていうのに関しても何だか考えていて。
世界の、って前につけたらちょっと大げさかもしれないけど、でもそんな感じの結び目。
それはこういうことかもしれない、って答えの一つとして見いだせた。

例えば、
「結構好評なのよ」とおばあちゃんが教えてくれたきんぴらや、大好きなババロアや羊羹を、
私が美味しく作れるようになって、
それを誰かと一緒に美味しく食べれるようになって、
それが幸せだと思えて生きるのが楽しいときが来るとする。
そうなったら、それは結び目なんだと思う。
いずれ終わるものや既に離れてしまったものも、失くさないし奪われない。
私が力になれなかった過去の誰かを、未来で少しでも救えるようになればいい。
そんなことを思った。

作りながら、必ずこの瞬間を思い出す、と実感してた。
思い出を振り返る未来を予感しながら、思い出を作っていく瞬間っていうのは何とも奇妙。
こんなに近くにあるものが、やがて遠くに行ってしまうということ。
お墓を作ってるみたい。
終わることが分かっているから、それを仕舞う場所を作り出す。
「しまう」という言葉が「仕舞う」「終う」と表記できるのもなんだかちょっと因縁めいて思える。

でも本当に出会ったものに別れは来ない。
最近、どこかでも見かけたな。
本当にそう思う。

パパはもう私のパパではない。そんなパパのお父さんとお母さん。
今や一人ずつの、私の、おじいちゃんとおばあちゃん。
世間的にはとても複雑らしい私のお家事情である。

出会ったから、そして出会うために、終わらせないために。
それが結び目なんじゃないかしら、なんつって。

(夜中におかずを拵えながら、ピアノの音色を聴きつつ)

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