可哀想に、どうしようもない体質で、真面目に神経質に心や皮膚をストレスに荒らされるのね。
可哀想に。
でもなにかかわいそうなやまいに犯されて苦しんでみたいなんてB級の欲をときどき撫でています。飼い慣らせているかな。そこから出ないうちは自由よ。遊んでおいで。
平穏無事だよ。
夢から覚めるとき
まるで砂浜に打ち上げられた気分
どうして わたしは だれ ここは いまは ???
消えるもの、現実ではないもの、失われたもの、それらすべてを損なわず、在るのと変わらず愛でていたい。手が届かないときはかなしい。
足跡、波に拐われないで。消えないで。
クラシック音楽を趣味にして愛しても、あるいは興味がなく一切聞かずとも、どちらでもいい。生きていける。好きにしたらいい。
恋愛も同じ。
そのような言葉を、どこかで聞いた気がします。
問題なのだろうか。病気なのだろうか。そんなにいけない、おかしな、状態でいるのだろうか。私は。私は自分にとって自然で納得のできるように在りたいだけで、普通に生きてきた気でいるけれど。
それが周りとは少し違うということも分かってる。
でも変わってるとかおもしろいとか言われたいわけじゃないし嬉しくもないよ。真心込めてへらへらしてます。
それとももっと向き合うべき問題なのか。
どうしてこんな気持ちでいるのか。さみしいままなのに。どこでだれとなにをしてても、きっとさみしいけれど、それでも最初から無くならないと分かりきってるさみしさを大事に抱えて、私はどこに行きたいの。行きたい場所さえあれば、分かれば、救われるのか。
こんなことはちっとも大問題ではない。それどころか私には深刻さがあまりにもない。
若気の至り?天の邪鬼?ただの意地?そうなのか??
花盛りの過ごし方に正しさがあるの?異性に関わらなければ価値はないの?
いつか後悔するぞ、と誰かに言われてる気になる。そうだろうか、そうかもしれない。でも後悔しないと保証された生き方なんて?
なんかよくわからない探しても欲してもなかったけれどみんなもっててすばらしいらしい優れものな商品を、買わなきゃ私は生き残れないのか。
この状態に名前が付けば安心できるのか。
名前があるからって、確かそうだからって、それがほんとうに確かかどうかなんて分かりっこないと小さな頃から呟いてきたのに。味わったりもしたのに。
ときめいて、ハッピーでいて、いつも楽しげに、いようと努めてるよ。(ご愛嬌として不機嫌さがあっても。)
そうしてないとどうにかなりそうだよ。いつも少し遠い、自分さえ。ふとしたときに私がはがらそう。そしてさみしさ。いつもさみしい、それをふりきらないと、出来るだけ気づかないように自然に明るい様子でいないと。
別に平気だと、平気でいられると思ってたし大体平気だけど、それでもなんだか急にしんどくなってしまったな。
私のこの寂しさと行き場のなさが、端から見た限りではおもしろいのだそう。
最悪なことにそう言った女性に悪意も嫌悪もない。
私の余裕がないだけかしら。アンニュイ。
確かにこんなときにハグしたいと思える相手や叶う相手がいたなら救われるのかもね。
「結婚しないの?」という日本語を和訳すると
「宇宙に行かないの?」という意訳となります。
地球が滅ぶなら、私や大切な人が死んでしまうなら、行くことが可能なら、行くほかに道がないなら……「考えないでもないですけど」
でもやっぱり、この星の居心地を手放すのはな…もし残ることが難しくていずれは失うことになったとしても…うーん
「出来るだけこの星にいたいです」
この星で死ぬのが悲劇なわけではない。
※ただし、モンスターに食べられてしまうような星の終わりならば、少々話は変わります。
あまりにも分かりやすく用意されていたような意味のある記憶ばかりではないでしょう。
毎日のように食べていた祖母の料理のメニューや味をすぐには挙げられないように。
言葉少なな祖父との限りある筈の会話でさえ、中身を取り出せないように。
どの瞬間も価値に気付ける賢さは無く、気付くときまで記憶が留まってくれるとも限らない。
なんでこの情景だけ残っているのだろう、というようなものばかりが正しい。
去った人のことを、後から、自分勝手に、答え合わせも出来ないままで、意味や想いを追いかける。独りよがりな作業だけが現実。
どうにか手にしたわずかな名残を、追い出されずに在ったそれを、追いかけているということ。
その意味を、そうしている私の気持ちを。
それだけが、今となっては唯一、確かなものに出来る余地のあるもの。
想い出は追いかけるもの。
問題ではないけれど、テーマではあるのかもしれない。
不確かなことが余りにも多いこと
だからこそ生まれ得たものもあること
怒りや憎しみより悲しみや憐れみがはやい
出発点や終着点よりもその間の道行きの景色
乗り物の 座席で繋がる小宇宙がすきです
自分のことはすごくご機嫌な人間とも思うけれどそれ以上に不機嫌な人間と自覚してる。
好きなものを好きとはしゃいでハッピーを口にしているのが何故なのかも知っている。
恐くて不安で仕方ない。
好ましく思えていた相手のことを今昔さらいなおして厭わしく思い始めるとき、何より己が寂しく惨めで失せたくなる。
余裕がない。
自分のことを真実大事に出来ていないから、自分の中を誤魔化してどうにか埋めるので必死で、誰かを想うことが至らなくなっているのでしょう。
自分のことを愛せている頃と今の私は変わってないかもしれない。それは変わるべきところが変わってないのでは。
つまり、成長できていないから、こんなにも。
見失っているのでは。
私は私のためにという執着が上手くできない。見栄や虚勢といった下手くそな執着だけ患っている。
だったら、だから、やっぱり。
誰かを想うことから、誰かに宛てることから、始めるのがいいのでは。
そういうゆずれなさから、培っていけたら。
自分だけの夢や願いでは生きていけない。誰かに届かなきゃ。それを欲することでしか、きっと。強くなれない。
もやもやひりひりしたものも嚥下して濾過して
素敵なものに取り繕っていたいと思ったのだ
真っ暗な中に一点の光を見出だしてそれを慈しみ誰かに囁いて微笑んでいたいと